ホーム > 刊行物 > 農林水産研究開発レポート > 野生動物による農林業被害を防ぐ技術、5ページ目
サルの生息数推定は主に目視に基づいて実施します。また、サルは群れを形成し、農作物被害を引き起こす群れとそうでない群れがあることから、群れの識別技術は、加害群に対して重点的な対策を講じるのに重要です。
一般に、ニホンザル社会はメスを中心とした群れとオスのハナレザルから構成されます。つまり、メスは、生まれた群れで一生を過ごすという母系社会を構成しています。従って、群れの識別には、母から子に伝わる(母性遺伝をする)遺伝子を標識とするのが適しています。体細胞内の核ではなく細胞質に存在するミトコンドリアは、卵子の細胞質起源であることから、ミトコンドリアに存在するDNA(ミトコンドリアDNA;mtDNA)は、常に母親の形質を引き継いだ母性遺伝をします。またmtDNAは進化速度が高い、つまり変異の程度が大きいことから、群れレベルの識別に適した標識です。そこでmtDNA変異の分布状況を指標として、群れの構造を解析することができます。試料は捕獲したニホンザルの血液または皮膚から得ます。また、捕獲が困難な時は、糞からmtDNAを得ることもできます。
全国各地から得た試料をこのmtDNAを指標として比較すると、東日本タイプと西日本タイプに明瞭に識別できました。さらに、東日本タイプは2つ(E1、E2)に分けられ、西日本タイプは3つ(W1~W3)に分けられました(図15)。

また、E1、E2、W1~W3のタイプはより詳細なmtDNA変異の解析により、更に細かく区別されます。県内の104のサル群が8つのタイプに分かれる例も確認されています。
また、性別の判定は、捕獲できなくても糞から抽出したDNAの解析によって可能です。その場合の判別の指標としては、性染色体であるX染色体、Y染色体のそれぞれに異なる分子量で存在するアメロゲニン(歯のエナメル質を形成するタンパク質)遺伝子を用います(図16)。

これらの技術により、オス個体の群れ間の移動を評価することが可能になりました。つまり、オスはハナレザルになって群れ間を移動するので、オス個体のmtDNAを調べることで、そのハナレザルの生まれた群れを特定でき、それによってハナレザルの移動様式を知ることができます。
オスのmtDNAを調査して、その群れのメスザルのmtDNAと異なる個体の割合を求めたところ、約20%がその群れと異なることが判り、それらは移入個体であると推定されました。
以上のように、群れの分布及びその変遷を、遺伝的手法を用いて明らかにできます。
サルについても、テレメトリなどによって調査した行動範囲のデータを、地形データや植生データなどの情報(GISデータ)とともに地図上に図示することで、被害発生のメカニズムを知ることができます。
受信機を装着したサル個体の位置を記録し、行動域を推定したところ(図17)、サルの分布は、森林(濃い緑色)と農耕地や住宅地(薄い緑色)との境界域に集中しており、また自然林よりも二次林や竹林などへの傾向が認められています。この傾向は、農耕地や住宅地に誘引された結果というような副次的なものではありませんでした。つまり、群れが生息地及び餌場として二次林や竹林を利用しており、農地や住宅地への被害を誘発していることを示唆するものです。二次林や竹林を伐採整理するか、そのような森林を農地や住宅地から離れた箇所において育成することで、群れを農地や住宅地から引き離し、被害を軽減させる可能性が示されます。

サルは、金網などの柵では簡単に乗り越えるので、侵入防止効果は高くありません。電気柵にし、電気ショックを受けることをサルに学習させることにより、侵入防止効果が高くなります。農林水産技術会議プロジェクト研究において、ネット型電気柵が開発され、実用化されています。また、電気柵ではありませんが、奈良県果樹振興センターが開発したネット柵「猿落(えんらく)君」も侵入防止効果が高く実用化されています。
電気柵は、もともと、馬、牛、羊などの家畜を囲い込むために用いられたものです。それは、放牧地の周囲に杭を打って、電線を数本張り巡らし、電気を流すというものです。多くのものでは、電気は、高電圧(数千ボルト)の微電流を一秒に一回程度、瞬間に流すものになっています。感電する仕組みは、動物の体を通して電気の通り道ができることによるものです。したがって、イノシシ、シカまたはクマなど、地面に足をつけて、柵に触れる場合、電線をプラスにすれば、電流は電線から体内、地面を通じて流れ、電気ショックが伝わります。その際、動物の電気抵抗の低い(電気の通りやすい)部位である鼻先が電線に触れるようにする工夫が必要です。また、電線が雑草等に接触していると漏電により効果が低下するので、草刈りを頻繁に行う必要があります。また、電線方式の場合、対象動物のサイズを考慮して地面からの高さや各電線の間隔を決め、電線に触れないで侵入することのないように注意する必要があります。
一方、サルについては、柵をよじ登るので、プラスとマイナスの電線を交互に配置して、顔、手のひら、足の裏などの電気抵抗が低い(感電しやすい)部位が、プラス線とマイナス線の両方に同時に接触するように配慮する必要があります(図18右)。また、登りやすい構造であると、パルス電流によるショックを確実に与えることができないこともあります。そのようなことからネット型の電気柵が開発されました。構造は、図18左にあるようになっています。支柱上端から水平に伸びた腕の先端からネットを張るものです。このため、支柱などを伝うことができず、登りにくい構造となっています。電気は、ネット上端のロープにプラス電流が流れ、ネットの中程に編み込んだ通電性素材には、マイナス電流が流れるようにしてあります。これにより、サルが、ネットの上端に手を掛けた際に、電流が流れて、ショックを受けるようになっています。

この構造では、電気の流れる部位はネットの上部にあるため、漏電の影響は少なく、雑草の草刈りなどの労力を軽減することが可能になります。開発されたネット型電気柵については、滋賀県内6ヶ所において、野外試験を行いその効果を確認しています(図19)。

「猿落君」の特徴(図20)は、ネットを張る支柱の上部をグラスファイバー製にしてしなるようにした点です。そのため、ネットをよじ登っても、支柱が外側にしなり、内部に侵入できなくなるようになっています。

イノシシやサルなど森林性の野生動物による農作物被害を考える上で、農山村地域においては、栽培中の農作物以外にも、動物を集落に引きつける環境要因や生活要因は多数あります。そこで、動物をひきつける要因を取り除くことで、農作物被害を軽減することが期待できます。その要因解明のため、まず現状把握をする必要があります。
被害発生地域におけるサルの群れの食性を通年で調査しました。その結果、年間の採食時間の11%を農作物にあてていることが判りました。残りの89%については、43%が森林内における採食時間、46%は、集落あるいは集落と森林の境界域で、農作物以外の食物を採食していました。この境界域では、林縁に目立つ植物(クズ、フジ)のほか、栽培されていたものが放棄されたと思われるクリ、クワ、タケノコや、イネの落穂、放棄野菜など、住民の営農や生活に由来するものが存在していました。サルはこれら境界域での採食を通年にわたって行い、さらに春から秋にかけては群れ全体がこの域にとどまり、採食する傍ら、田畑に出没して農作物に被害を引き起こしていると思われます。
以上のことから、地域住民に対して、境界域において隠れ場に適した箇所を除去し(図21)、境界域におけるサルの餌資源を除去するために収穫物の適正管理等に努めるように普及啓発を行いました。

この地区の整備前後でのサル群れの行動圏の変化を評価し(図22)、その結果、環境を整備した地域(赤色線で囲んだ地域)では、サルの通過頻度が減少し、同地域の被害発生数も減少しました。一方、隣接地域(橙色点線で囲んだ地域)では、サルの通過頻度が増え、被害増大が進行しました。したがって、被害軽減に向けた集落の環境整備を行う場合には、地域の大規模な取組として実施する必要があります。
