ホーム > 刊行物 > 農林水産研究開発レポート > 新たな用途をめざした稲の研究開発(平成18年度版)、8ページ目
ゲノム情報は、画期的なイネ新品種を開発するうえで不可欠です。我が国を中心とする国際イネゲノム配列コンソーシアムは、平成16年12月に、イネ「日本晴」ゲノムの完全解読を達成しました。我が国は全配列のうち55%の解読に貢献しました。これらの基盤研究は、収量性、草型、出穂期などに関連する遺伝子の単離に利用されるとともに、ゲノム情報を利用した交雑育種や遺伝子組換え技術などにも応用されています。
ゲノム研究の発展によって、DNAマーカーを用いた効率的な品種育成が可能となりました(コラム3)。DNAマーカー育種によって、コシヒカリに縞葉枯病抵抗性と穂いもち抵抗性を導入した「コシヒカリ愛知SBL」(愛知県農業総合試験場)が平成17年に品種登録され、ついで「コシヒカリ」に半矮性遺伝子を導入して草丈を低くした「コシヒカリつくばSD1号」(植物ゲノムセンター)が出願公表中です。平成18年には、「コシヒカリ」にインド型品種の早生遺伝子を導入にした「関東IL1号」(作物研究所)が出願公表予定です(写真7)。次年度以降も、「コシヒカリ」に晩生遺伝子を導入した品種や「ヒノヒカリ」にトビイロウンカ抵抗性遺伝子を導入した品種などを育成していく予定です。現在、耐冷性、食味、バイオマスを含めた収量性、直播適応性、高温登熟性など、より複雑な特性についてDNAマーカーの開発を進めており、DNAマーカーによる遺伝子の集積技術により稲の低コスト生産や用途拡大に資する品種の育成を目指していきます。

ゲノム研究の発展は、交雑育種による品種育成を効率的に行うことを可能としました。従来の育種では、交配などで変異を拡大した多くの材料から、実際に食味や発病程度を年数を重ねて評価することによって、食味と耐病性を備えた系統を選抜していました。一方、DNA マーカー育種は、食味や耐病性の遺伝子に連鎖する分子レベルの目印(DNAマーカー)によって目標とする形質や染色体領域を間接的に選抜する育種技術です。例えば、良食味品種に耐病性を導入するためには、良食味品種と耐病性品種を交配します。そして、その後代にさらに良食味品種を交配し、DNAマーカーによって、耐病性遺伝子を持ちそれ以外は良食味品種の染色体領域を持つ個体を選抜します。この操作を数回繰り返すことによって、耐病性遺伝子の領域以外は良食味品種を遺伝的背景とする同質遺伝子系統を育成することができます。DNAマーカー育種によって、目標とする形質の正確な選抜が可能となったばかりでなく、選抜に必要な圃場面積を縮小することや育種年限を短縮することが可能となりました。なお、DNAマーカー育種は、遺伝子組換え技術ではない育種法です。

近年は遺伝子を直接操作する遺伝子組換え技術が急速に発展しています。遺伝子組換え技術は、ある生物から特定の有用遺伝子を取り出し、目的とする他の生物に組み込むことにより新しい形質を付与する技術です。この技術の特徴としては、交雑育種では導入が不可能な異なる生物の遺伝子や人工的に改変した遺伝子が導入できる点にあります。わが国では、これまで遺伝子組換えによって育成された稲の品種が実用栽培された例はありませんが、世界的には大豆、トウモロコシなどで遺伝子組換え作物の栽培面積が増加しています。この技術は将来の地球規模での食糧問題の解決、農薬、肥料等の削減を通じた持続的農業の発展、新産業の創出など多くの分野での貢献が期待されています。
一方、遺伝子組換え技術は、その安全性に配慮することが重要です。平成15年9月には、遺伝子組換え生物等の安全な移送、取扱い及び利用に関する措置を講ずることを目的とした「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」が国際発効されました。我が国では、同議定書の早期締結を目指して国内体制を整えるべく、同年6月に「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カルタヘナ法)の成立・公布を経て、同年11月に議定書を締結しました。平成16年2月にこの法律が施行され、遺伝子組換え生物の使用がこの法律により規制されることとなりました。この法律では、生物の多様性の確保が主目的となっています。現在は、この法律に従い、十分な安全性の確認と国民的理解の下に、情報公開を徹底しながら研究開発が進められています。
稲に関しては除草剤耐性、病害虫抵抗性のほか、必須アミノ酸であるトリプトファンを多く含み飼料価値の高い米、米アレルギー原因物質を除去した米、スギ花粉症を緩和する米、中性脂肪を低下させる米などの研究が進んでいます。農業生物資源研究所では、遺伝子組換え技術によって、スギ花粉症のエピトープ(抗原認識部位)の集合体(7crp)を含む米を開発することに成功しました(図3)。この米を一定期間食べ続けると、スギ花粉を外敵ではなく食物と認識するようになり、アレルギー反応を抑えることが期待できます。平成15年にはマウスを用いた実験によるスギ花粉症緩和米の効果が確認され、平成17年からは隔離圃場における試験が始められていています。
