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農業を支える基盤リソース-遺伝資源-

1.遺伝資源の概要

(1) 遺伝資源の重要性

遺伝資源という言葉は、生物のもつ多様な遺伝子が農作物の改良などに価値をもつことから資源として認識されるようになり、生じた言葉です。遺伝資源とは生物個体などを指し、人類にとって今すぐに役立たなくとも、将来有用な、またはその可能性を持つものも含まれます。

遺伝資源は、人類が長い歴史の中で収集・獲得してきた財産であり、地球環境保護に利用する際には間接的な価値を持ちます。また、生物を農産物や医薬品目的の素材として活用する際には、直接的な価値を持ちます。遺伝資源の最大の特徴は、多様性があることです。しかし、近代農業の進展により、数少ない特定の改良種が広く普及し、地域の環境に適応した在来の遺伝資源は急速に失われてきました。また現在、熱帯林の減少、砂漠化などによる環境悪化が原因で、貴重な遺伝資源全体が危機にさらされています。現時点で利用価値を見いだせない遺伝資源でも、将来科学技術が進展した場合に、重要な価値を生み出す可能性を秘めています。遺伝資源の収集・保存というものは、地道な活動でありますが、未来へ引き継がなければならない重要な事業であり、世界的にも各国が中長期的視点から取り組んできています。世界的に栽培植物の品種が画一的になっており、またバイオテクノロジーが進歩した現在こそ、新しい栽培植物の素材となる遺伝資源の重要性は高まっています。

(2) 遺伝資源の保全・保存

野生種及び栽培種は、大きく分けて2つの方法で保全・保存されます。1つは、生息域内保全であり、これは本来生息している場所での保全です。もう1つは、生息域外保全であり、本来生息している場所から持ち出して、別の場所において必要に応じて様々な形態で保全するものです。本来の場所から離れた場所での保全・保存がされているものは、その管理、維持及び保護の継続が必要です。2008 年、ノルウェーが北極圏にあるスヴァールバル島に国際種子保存施設を建設したことが報じられました。この施設は、食用作物遺伝資源の多様性の保存を目的として、人類に重要な約300 万種類の植物の種子を保存していく予定です。

植物と動物では、遺伝資源及び保存に対する考え方が異なります。植物では、イネなどの主要な作物の種子の保存法は確立されています。しかし、動物の保存は、精子や卵子、あるいは動物胚を安定的に保存して、それらから動物を誕生させる技術(保存法、再生法、受精法など)は主要な家畜種では実用化されていますが、それ以外の動物種(カイコ、鳥類)ではまだ確立されていません。家畜では、個体が雄と雌に分かれていることや、生体保存のための大きなスペースを必要とするなど、保存の困難さなどから遺伝的多様性が急速に失われています。例えば、日本で牛乳を供給しているのは、ほとんどホルスタイン種の乳牛一品種です。このように遺伝的に幅のない集団では、一旦それらを犯す病気が発生すると、あっという間に広まる危険性が指摘されています。最新の品種では、新しい疾病が発生しても、獣医学的手法(化学物質の利用や予防接種など)で抑えられるという意見もあるかもしれません。しかし、動物においても、環境あるいは経済的変化に応じた遺伝的形質を付与するためには、多様な品種や種の保存は必要なのです。以上のことから、動物の卵子や受精卵の保存技術の開発などが、重要な研究として進められています。


コラム1  近世ヨーロッパの大航海時代における植物ハンターの活躍

2007年はスウェーデンが生んだ傑出した生物分類学者のリンネの生誕300年でした。リンネが活躍した18世紀は、植物学の黄金時代といわれ、多くの植物ハンターが活躍し、世界の各地で「探索」が行われた時代でありました。リンネ自身は、カカオ、コーヒー、チャ、イネ、バナナ等を祖国スウェーデンに導入しましたが、寒冷地であったために、いずれも失敗しました。

米国最初の植物園を作ったバートラムは、米国東部で収集した植物の種子や球根を英国に送りました。英国王立協会長を務め、王立キュー植物園を植物研究の場とし、数多くの植物ハンターを育てた英国人バンクスは、エンデヴァー号によるクック船長の最初の世界周航に植物学者として同行し、1,300種の植物を収集しました。ネルソンは太平洋諸島、カレイはオーストラリアなど、メソンは西インド諸島、イベリア半島、アフリカなどを探険しました。

このようにして、18世紀末には植物ハンターが踏み入らない土地はほとんどなくなったと言われています。現在、王立キュー植物園には全世界の高等植物のおよそ1割に当たる約3万種の植物があり、年間100万人以上が訪れています。また、海外での植物の収集活動では、本国から派遣されていたキリスト教宣教師や外交官等の貢献も大きく、「ワシントン・ネーブル」は、米国からブラジルに派遣された神父が母国に送った「種なしオレンジ」の苗がカリフォルニアに植えられて、広く普及したものと言われています。米国大統領になったジェファーソンやアダムスも外交官時代に、赴任地の作物種子や苗木を積極的に収集して本国に持ち帰り、それらが基となってミズーリ州立植物園などが設立されています。

図1 探索で得られた遺伝資源の一例(左:シコクビエの穂、中央:様々なトウモロコシ、右:ヘビウリの一種)


 

(3) 遺伝資源を巡る国際環境

一般に、温帯や寒帯の地域に比べると、熱帯・亜熱帯地域は、生物の多様性に富んでいます。また、多くの栽培植物の起源地は、熱帯・亜熱帯地域であり、起源地周辺には、多様な遺伝資源が存在します(コラム2参照)。一方、熱帯・亜熱帯地域には、開発途上国が多く、これらの国々では、資金面も含めて、遺伝資源の保全や利用についての研究開発能力に乏しいのも事実です。かつては、自身は遺伝資源に乏しい先進国が、開発途上国の遺伝資源を一方的に収集・利用し、知財等の面で多大な恩恵を受けながら、原産国には還元されない状況がありました。開発途上国は、このような状況に対して、「バイオパイラシー(遺伝資源海賊的行為)」とまで呼び、先進国に対する批判を高めました。

このような背景を受けて、1993 年には生物多様性条約(Convention on Biological Diversity、CBD)が発効しました。この条約は、遺伝資源を含む天然資源に対する各国の主権的権利を認めるとともに、遺伝資源を利用する際には、資源提供国の事前同意を得ること、遺伝資源の利用から生じる利益は公正かつ衡平に配分することを定めています。鉱物資源などのほかの天然資源と同様に、遺伝資源に対する権利を原産国に帰属すべきこととされたわけです。

CBD が発効すると、それ以前に収集され保存された遺伝資源、とくにフリーアクセスを原則として誰にでも無償で配布されていた農作物遺伝資源の権利の帰属が問題となりました。国際連合食糧農業機関(FAO)における「人類共通の財産」という農作物遺伝資源に対する意識とCBD における遺伝資源の原産国の権利意識との間に齟齬が生ずる結果となり、両者の調整のために、十年近くの歳月をかけて交渉が続けられました。その結果、食料や農業に関わる植物遺伝資源に関しては、食料及び農業に用いられる植物遺伝資源に関する国際条約(ITPGR)が2004 年に発効しました。この新たなITPGR 条約では、食料生産や農業に深く関わる農作物をリストアップ(クロップリストを作成)して、このクロップリストに掲げられた農作物(収集済み)の遺伝資源に関しては、多国間システムに基づき、利活用を促進しつつ、遺伝資源利用から生ずる利益を公正・衡平に配分することとされたのです。


コラム2  生物資源収集のターゲットは栽培植物の祖先地

ソ連の植物学者ヴァヴィロフは、1928年、世界各地から収集した栽培植物の数多くの品種や系統の採集地を世界地図に記載し、栽培植物ごとにその変異が地球上の特定の地域に局在していることを発見し、これらの地域をその植物の「多様性中心」と呼びました。これらの地域は遺伝資源の宝庫であり、同時に変異に著しく富んでいるため、栽培植物の発祥地であるとの考えに至り、これを「起源中心」と呼びました。これらの起源地は栽培植物間でかなり共通で、1926年の論文「栽培植物の発祥中心地」で5地域を、その後1940年の「栽培植物発祥に関する諸学説」では新たに2地域を追加し合計で7地域をあげ、最終的には、以下の8大センターと3つのサブセンターを提案しました。このように、20世紀前半にヴァヴィロフによって遺伝資源の起源地に関する基礎理論が確立され、それを基にして探索に行くべき地域についての戦略が構築されました。

(1)中国(中央及び西部中国の山岳地帯とその周辺の低地):ダイズ、ソバ、モモ

(2)インド(北西インド、パンジャブを除く地域、ただしアッサムとビルマを含む):イネ、ナス、キュウリ、ゴマ、サトイモ

(2)-a インド-マレー(マレー半島、ジャワ、ボルネオ、スマトラ、フィリピン及びインドシナ):バナナ、サトウキビ、ココヤシ、パンノキ

(3)中央アジア(パンジャブ、カシミールを含む北西インド、アフガニスタン、タジキスタンとウズベキスタン、及び天山山脈の西部):ソラマメ、タマネギ、リンゴ、ブドウ

(4)中近東(小アジア、トランスコーカサス、イラン及びカスピ海東方山岳地帯):オオムギ、コムギ、エンバク、ニンジン

(5)地中海地域:エンドウ、レタス、アスパラガス、キャベツ

(6)アビシニア(エリトリア高原を含む):オクラ、コーヒー

(7)南部メキシコ・中米(西インド諸島を含む):トウモロコシ、サツマイモ、インゲンマメ

(8)南米(ペルー、エクアドル、ボリビア):ジャガイモ、ワタ、トマト、ラッカセイ

(8)-a チリのチロエ島:イチゴ

(8)-b ブラジル-パラグアイ:パイナップル

図2 栽培植物の起源地

なお、日本原産の作物は少なく、確実に日本で栽培化された作物は、ワサビ、ミツバ、ウド、ニホングリなど、僅かしかありません。

 

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